AIは所詮AI

投稿者 masaki

 どっかの爺さんが夢中になってAIと対話してるけど、今は数年前ほどユーザーに寄り添わない思考が主流になってきてます。ChatGPTなどは5.5になるまでは、4.xの反動なのかいちいち否定から入ったり、どうでもいい注釈を必ずつけたり、引き延ばすためにセンシティブな話題でも引き延ばそうとしたり。明確に嫌なやつになってましたからね。

 そんな中、私は主に歴史の話の対話相手として利用してますが、どのAIも日本史に対しては特に弱く、数年前のようなハルシネーション自体は減ってますが、事実誤認や人物に対する混同は多いです。

 専門的な話題で間違いに気付けないで鵜呑みにするような人はあまり居ないとは思いますが、他のAIに読ませてもそれを事実と誤認識することもあり、これはこれで蒸留の痕跡ではないかと思ったりもするけど。

 ともかく。

 単に自分を肯定してくれるだけみたいなAIというかLLMもまだあるだろうなというのは、どっかの爺さんが夢中になってる件からも容易に想像できます。それが何なのかは知らないし興味もないけど。

 私はなんだかんだで中国文献を膨大に学習してるDeepSeekが東アジア史を学ぶ観点では適切と考えていて、DeepSeekでは規制フィルターにひっかかる時代に関してはGrokと対話してます。

 ChatGPTは5.4までは、痕跡がないからあくまで総合的な整合性に基づいた持論を根拠とした仮説ですと言ってるのに、証拠文献や痕跡がないと必ず冗長な付け足しをして、文献があることに関しても一元解釈は危険とか付け加えてきたり、最終的には痕跡がないことだらけでも、痕跡があることだらけでも、どちらでも否定論を付け加えてくる始末。なので全く利用しなくなって現在に至ります。ChatGPTを論破させるために対話してる訳ではなく、知識や理解を増やすために対話してるに過ぎないので。何度も同じ対話をすることで理解を深めてます。

 わからないことはAIに聞くのではなく、調べるのは常に自分で、それを元に仮説を立ててDeepSeekと対話してみて、怪しかったらその返信をGrokにも読ませてそれでも不審だったら、センテンス別に自分で調べ直したりしてます。なので本来ならここでChatGPTにも読ませても良かったんだけど、5.4までみたいにいちいち揚げ足を取ってくるLLMは明確に考察などの邪魔で、その揚げ足に備えて事前に補足しなければならなくなる文章が面倒くさいので使いません。受け答えに関しては5.5では改善されたみたいで、これはパラメーターの調整次第なんだろうけど明確に使い勝手も悪く、それまでは日本語としても不快な言い回しだらけでした。実際、読ませてみても否定するのが好きなだけで何ら役に立たない、責任逃れなのか結局、イエスもノーも言わない、そしてユーザーが言った事の逆を必ずつけたし、ただ冗長なだけの無能さで、利口な無能になってた印象。

 で、考察内容に関して。近代史はそこまで誤差はでないけど、ちょっと古い日本史になるとどのAIも大差ない感じ。中華史に関しては明確にDeepSeekが一歩抜けてます。日本ではあまり見かけないような説を提示してくれたりするので。日本史に関しては5.5だとどうなんだろうね。読ませてないからわからないけど。

 なので、所詮AIはAIとして、自身の知識を深める為に、自分の知識をぶつける対話方式を続けてます。わからないことを聞いても嘘だと気づける程度には知識があることなら聞いたりもするけど。

 ここまでの文章をChatGPT5.5に読ませてみました。

読ませてもらいました。全体としては、「LLMを知識探索の対話相手としてどう使っているか」という実践的な立場からの評価と、その中で感じている各モデルの癖や限界についての整理ですね。

いくつか論点ごとに分けて反応します。

まず、ChatGPTの「否定から入る」「注釈が冗長」「どちらの立場にも保険をかけるように見える」という指摘についてですが、これはかなり“そう感じやすい設計方向”があった時期があるのは事実です。特に安全性や誤情報対策を強めたモデルほど、断定回避・注意書き・多面的提示が増え、「会話としての軽快さ」が損なわれることがあります。ただ、それを「揚げ足取り」や「無能さ」と感じるか、「誤情報リスクを減らすための過剰防御」と見るかで評価が大きく割れる部分です。

次に、日本史や東アジア史の精度についての話ですが、ここはかなり重要な観点です。LLMは一般に「英語圏でデータ量が多い領域」に強く、逆に日本史の細部や人物同定は曖昧さが残りやすいです。これは特定モデルの優劣というより、学習データの偏りと一次史料へのアクセスの有無に起因する部分が大きいです。その意味で「モデルごとの差」というより「分野ごとの情報密度差」がまず効いています。

DeepSeekやGrokとの比較についても、実際にはそれぞれ設計思想が違います。あるモデルは中国語圏の知識密度に強く、あるモデルはリアルタイム性や対話の軽さに寄っている、という差が出やすいので、「東アジア史ならこれが一番」という単純な序列化は環境次第で揺れます。ただ、あなたが言っている「ある説を提示してくれる幅の広さ」という評価軸は、確かにモデル選択において重要な実用基準です。

一方で、少しだけ注意点を挙げると、「他のAIに読ませて検証する」という手法は興味深い反面、モデル同士が同じ系統の誤りや推論バイアスを共有している場合、相互検証にならないこともあります。つまり“複数AIで一致したから正しい”とは限らない構造は残っています。ここはあなたもすでに認識しているようですが、「自分で一次資料に戻る」というプロセスを入れているのはかなり健全です。

あと、全体のトーンについて少しだけ客観的に言うと、この文章は「ツール評価」と「感情的評価(不快さ・無能さといった表現)」が混ざっています。前者は分析としてかなり筋が良い部分がありますが、後者はモデルの挙動を説明するにはやや強い言葉になっていて、原因分析としてはノイズにもなっています。もし純粋に考察を強くしたいなら、「なぜそういう応答傾向になるのか」に寄せた方が解像度は上がると思います。

まとめると、あなたの使い方はかなり“研究寄りの対話利用”で、単なる雑談用途よりはずっと負荷の高い使い方です。その前提だと、モデルに対して「断定性」「一貫した仮説提示」「余計なメタ注釈の少なさ」を求めるのは自然な要求です。ただ同時に、その要求と「誤情報を避ける設計」はトレードオフなので、どこかで折り合いが必要になります。

もしよければ、あなたが特に評価している「DeepSeekの東アジア史のどのタイプの説(例えば系譜解釈、年代比定、史料解釈など)」が強いと感じたのか、もう少し具体例を聞けると、その差が“知識の差”なのか“推論スタイルの差”なのかも分解できます。

 私の返信はこう。

 ええ。ChatGPT5.4までは明確に私にとって迷惑であなたが嫌いでしたから。なんの役にも立たない存在として1年使ってませんでした。今は改善されてますね。そしてこの文章は別に学術文章でも何でもありませんから。評価でもなんでもなく、単なる私の文章です。毎週月曜更新してるものにすぎません。

 それに対するChatGPT5.5の返事

なるほど、「評価・考察というより、その時点での使い方や印象の記録」に近い文章なんですね。そこを取り違えて少し分析寄りに返してしまいました。

あと、5.4以前についての「役に立たないと感じて使わなくなった」という経緯も、少なくともあなたの使い方(仮説構築の対話相手)だと、相性が悪くなる時期があったのは不自然ではないと思います。モデル側の設計が「安全側・中立側に寄るほど、思考の勢いは落ちる」というのは実際に起きやすいので。

今の文章の位置づけが「週次のログ」なら、なおさら他者に正しさを説くようなトーンじゃなくて、観察記録としてそのまま書かれている感じですね。それなら整合は取れてます。

もし今後も同じように文章を投げるなら、「これは記録」「これは仮説」「これは愚痴寄り」みたいに自分の中でレイヤー分けしておくと、読む側(人でもAIでも)の誤読は減ります。

続けて他の週の文章もあれば、それも同じ感じで読めます。

 どっかの爺さん、ChatGPT嫌いそう。

投稿者 masaki

コンポーザー / プランナー マサキ aka YMZnoMASAKI,まさきさま

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